前章のあらすじ
東京新橋二丁目のごくありふれた寿司店「すし処さわ田」、跡取り息子の隆彦が、ひょんなことから「プロセスマネジメント」に出会い、早速アルバイト女性の作業の標準化、残暑納涼会の企画に成功します。
親方、おかみさんも上機嫌、順風満帆の「さわ田」ですが、そんなに良いことばかり起こるんでしょうか…
第3章 第1話 「親方の志し」
火曜日、すし処沢田は定休日。
明日への英気を養うためにも、大田区梅屋敷にある沢田家の夕食は早めにはじまる。
本日のメインディッシュは親方が早朝(というか夜中)に三浦半島まで出かけてつり上げてきた、松輪サバの刺身である。
「しめたのも良いけど、刺身もなかなかいけるね」
ビール片手に隆彦がおだてると。
「これよぉ 家でやると大変なんだよなぁ アニキサスのチェックがさあ」
と、まんざらでもない和彦だが、妻の春江が手伝ってくれるとはいえ、釣ってさばいては結構重労働なのである。
「そうねぇ お店では目視チェックの後に念のために冷凍して駆除するけど…」
「だから残りは、サバみそにするか。明日の突き出しにサービスで出しちゃおう。春江、下ごしらえ頼むな。」
「はいはい …でどうするの? もう寝ちゃう? パジャマ出そうか?」
そんな二人の会話に、隆彦はさりげなく割り込んだ。
「ところでさ 親方 前から聞きたいことがあったんだけど…」
「おう なんでぃ」腰を浮かしかけた和彦がもう一度ダイニングセットの椅子に座り直す。
「あのさ 親方がお店始めたのはもちろん生活ってものもあったと思うんだけど、こういうお店にしたいってものはあったの?」
「あー 開店の志(こころざし)ってやつか」と和彦が目を細めた。
「まぁ 大したことは考えなかったけどよ、『お客に親切な職人の店』『初めてでも怖くない一流の店』にしたいとは思ったなぁ。ここまで30年やってきて、結局一流って訳にはいってねぇけどな。それだけかい?じゃあ寝るぜ。」
短くそう言い残した和彦親方の後を引き継ぎ、親方が修行中の店で知り合い、一緒になった春江が息子に父の気持ちを語りだした。
地方から来た和彦と違って師匠は本物の江戸っ子だったこと。
腕は超一流だったけど、弟子や店員にばかりでなく、お客に対しても厳しい人だったこと。
一見(いちげん;初回客)さんや気にいらない客には一言も話さず、地方から出てきた和彦から見ると、これが江戸っ子か、とかっこ良くも見えたが、お客に接する態度ではないように思えたこと。などなど…
「だってさ、お客さんがビビってしまったら、よそのお店に行っちゃうんならともかく、当時はやりだした、回転寿しに行っちまうんじゃないかってね。」
と春江は振り返った。
「だからね、親方は師匠に15年お世話になって店を出したときから、初めて来たお客にはなるだけ親切に徹するように、心がけているの。」
「ただあの人も最近歳でしょう、白髪の頑固おやじに見えやしないかって気にしてるみたいよぉ(笑)」
「親方の気持ちはお客には十分伝わっていると思うよ。でもそんな気持ちがもっと伝わるといいね。」
たしかに、寿司屋にお客が来ない理由の中に「怖そう」というのはあるなぁ。
父である親方の志しを、先日プロセスマネジメント大学で習った「USP(独自価値提案)」を応用して伝えられたら…
と、そんなことを考える隆彦であった。