第3章 第2話「思いを伝えるターゲットは誰?」
10月もなかばの金曜の夜10時、新橋3丁目の寿司店「さわ田」に現れたのは、ソフトブレーン・サービス社の若手社員、作田利広だった。
「いらっしゃい お待ちしてましたよ。」
おかみの春江に軽くうなずいて作田は一番手前の椅子席に、ちょこんと座った。
「作田さん、遠慮しないで奥のほうにどうぞ、いま隆彦をやりますから。」
親方の声に
「自分でも物怖じしない方だとは思うんですけど・・・回ってないお寿司屋さんって、やっぱり腰が引けちゃいますね。」
照れ笑いを浮かべながら作田は、小上がりに移動した。
「ウチは客単価5,000円ちょっと。それに今日は補講名目で来てもらったんだから、俺のおごりだよ。」
前掛けをとって、隆彦が作田の前に座った。
「はい まずは乾杯。」
二人は、ビールのコップをあわせた。
「まぁ そうは言っても、その5,000円が若手サラリーマンには結構きついんだよね。」
そう話す作田に、隆彦も相づちを打つ。
「トシみたいに、子供もいるとなるとなおさらだよな。」
「そうそう だからせめて 給料日直後くらいはたまにはランチで寿司でも行くか、って話になるんだけど。」
少し考え込んでから隆彦は切り出した。
「実は、今日相談したかったのはまさしくその事なんだよ。前回のセミナーでUSPについて習ったよね。」
「そうだね『マーケティングプロセス論』では『鉄アレイモデル』を使って営業戦略を作っていくんだけど、今トシが言ったUSP(ユニーク・セールス・プロポジション)はその根底にあるものだね。」
ビール片手ながら、作田は講師モードに入る。
「USPってのは『よそにない強み』『既存顧客がうちに来てくれる理由』ってことで良いんだよね。」
という隆彦の問いに
「そうだね」
と作田はうなずいた。
「うちの店は本格寿司屋としてはリーズナブルだし、親方もおかみさんも、あの通りお客様との会話を楽しむタイプ。
その辺りを常連さんは買ってくれているのだから、『怖くない本格店』というのがUSPと考えてもいいよね。」
「そうだね、一旦ここではそう置いておくとしようか。」
「そのUSPを誰にどう訴えたら良いのか?そこがどうもはっきりしないんだ。このUSPは親方の創業時の志しでもある事をこないだ聞いているし、ここをしっかりお客に伝えていく事が、お店の存在理由にもなるはずなんだけど・・・」
悩んでいる隆彦に、作田はこう声をかけた。
「タカ、プロセスマネジメントの2本柱は『分解』と『逆算』だよね。まずお客を分解してみない?」
「お客を分解??」
「そう、大きな固まりのお店の『顧客』を分解してみるのさ。そうだなぁ、まず手始めにタカが一番来て欲しいお客の名前を具体的に思い浮かべてごらんよ。」
「一番来て欲しい・・・か・・」
隆彦の脳裏に、はっきりと浮かんだのは、ある人の名前だった。