第3章 第3話「隆彦の初恋」 


第3章 第3話 「隆彦の初恋」


「まず手始めにタカが一番来て欲しいお客の名前を具体的に思い浮かべてごらんよ。」


「一番来て欲しい・・・か・・」

作田の問いかけに反応して、隆彦の脳裏に、はっきりと浮かんだのは「小田さん」の名前だった。


「小田さん」こと小田しおりは隆彦の高校の一年先輩で、高校時代はブラスバンドに所属していた。


野球部員だったとはいえ3年になるまでベンチ入りもままならなかった隆彦にとって、小田しおりは地区予選の会場で懸命にクラリネットをふく横顔をメガホン片手に眩しく見つめるだけの存在だった。


つまり、隆彦の「初恋の人」である。


現在「カタブツ君」の異名を取る隆彦は、当然高校時代も堅物だったので、級友たちが彼女づくりにいそしむ中、結局小田しおりに告白することもできなかった。


それどころか、しおりが卒業し、自身は何とかレギュラー陣の一角に食い込んだ後も、隆彦推しの後輩女子生徒たちの黄色い声援にも笑顔を向ける事すらできない、それは固い固〜い高校生活だったのだ。


そんな小田しおりが1年ほど前、グループ客の一人として店を訪れる。という行幸が訪れた。


意外な事に、しおりは隆彦の事を覚えており、隆彦を認めるとにっこり微笑んでくれた。


会釈に応えやっとの事で話しかけた隆彦に、いまは港区の図書館で働いており、今日は先輩所員の送別会で来ている事、一度結婚はしたが、3年ほど前に別れて今は大田区矢口の実家にいる事、などを話してくれた。


「後輩から沢田君がレギュラーになったって聞いて、よかったなぁって思ってたのよ。」そう言ってくれたしおりに、「ま・まあ ほとんど活躍できなかったけどね。スタメンじゃない事も多かったし・・・」と答えるのがやっとの隆彦だったのだ。


そんな隆彦の心中など知る由もない作田は得意げに続けた。


「このやり方の事を、『ペルソナ・マーケティング』って言うんだ。具体的な個人や、想定した架空の個人に向けた商品開発をする。という手法で、化粧品メーカーの商品開発や、マーケティング戦略立案などでよく使われるんだ。マンション業界などでは、具体的な名前の他にそれぞれの個性までを想定した架空の家族を作って、土地開発から、設計、広告までその家族、例えば「田中さん一家」向けに絞っていくんだよ。」


「じゃあ 自分の理想的なお客様に向けたメニュー開発や、品揃え、内装をすれば自然とそう言う理想的なお客ばっかりが集まるお店になるってこと?」


前のめりになる隆彦をちょっと意外に感じながら、作田は答えた。

「そう言う事になるね。マーケティングだから、店舗づくりだけでなく、チラシづくりも含めすべての集客に必要となる考えだけどね。」


「すべての集客かぁ・・」


何かを決意したように、深くうなずく隆彦だった。


(つづく)



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