秋もすっかり深まった10月末、小田しおりはいつものように港区にある勤め先の図書館にいた。
2階の窓ガラスから、イチョウの葉がひらひらと舞い降りるのが見える。
もうすぐ実がなる。ギンナンおいしいけど、地面に落ちたあの実の匂いは・・
などと言う事を考えながら、返却された数冊を書架に戻し戻ってくると、カウンターに懐かしい顔が待っていた。
そう、隆彦が小田を訪ねて来たのである。
「あれ? 沢田君じゃない どうしたの? 久しぶり・・」
「や やあ 久しぶりです。」
若干戸惑い気味のしおりの様子に、益々緊張が高まる隆彦だが、今日は大義名分がある。
「あのー 今日は 実は相談したい事があって・・・」
「相談? 私でよければ喜んで。でも今一応勤務中だからお昼休みまで待ってもらえる?
あと20分ほどだから。私お弁当なのでここの食堂でいい?」
もちろんダメなわけがない。食堂前で待ち合わせを約し、胸の高鳴る隆彦であった。
20分後、図書館の食堂でお弁当を広げるしおりの前で、
(あ〜 本当は担々麺にしたかったなぁ)
と思いながらBランチをモソモソとほおばる隆彦。
「それで、相談って?」
少々小骨が気になる白身魚のフライを慌てて飲み込み、隆彦は言った。
「実家の寿司屋の事なんだけど・・・」
「そうそう あの時はごちそうさまでした。とっても美味しかった。あれで5,500円会費なんて信じられない!って思ったわ。」
「そうなんだ、ウチは内容の割に料金がリーズナブルなのが自慢なんだけど、それでも毎週おいで頂くにはちょっと、という微妙なポジションなのかなぁと思って、それでもっと来店しやすいランチに力を入れようと思っているんです。」
「お寿司のランチかぁ」
「いまウチのランチタイムで出しているのが、ランチの上と特上、それぞれ1,200円と1,500円。貫数は同じだけど特上はエビやイクラが生になっている。
普段来るのは、財布に余裕のありそうな人たちで、後は給料日近辺に30〜40代サラリーマンのお客様。
ここに、例えば小田先輩のような女性の方に来てもらうためには、どんなランチが必要なのか、そこのところが知りたくて・・・」
「先輩はやめてよ。」
「そうねぇ、正直お寿司屋さんでお昼食べるなんて、何か特別な日じゃないと、って気持ちが正直あるわね。」
「特別な日ですか・・・」
心配げに見遣る隆彦を傷つけないように、しおりは続けた。
「ほら、今日の私を見てもわかる通り、節約って言えばお昼ご飯なの。だからそんなに気軽にお寿司屋さんとか行けないわけ。」
「そうですか・・・」
「でもね、さっき言った通り特別な日、それはお給料日だったり、お友達の誕生日だったりしたら少しは豪華にしようって気持ちになるかもね。それに・・・」
「それに?」
「女の人って『お得』と『女性限定』って言葉に弱いから、お得で女性限定のメニューがあったらちょっと考えちゃうかもね。なにもお寿司でお得じゃなくてもいいんじゃない?デザートとかフルーツとか」
「ふんふんなるほど」
「あー、それからね、もう一つ」
と、言いかけてしおりは、うふふと笑った。
「なんか 私こういう事考えるの好きみたい。もう少ししゃべってもいい?」
「どうぞどうぞ、ウチは今後しおりさん限定メニューで行きますから」
楽しそうなしおりを見て、すっかり緊張のとけた隆彦は、冗談を言う余裕も出てきたのである。
次回 しおりへのインタビューから得たアイディアを隆彦はどんな形に仕上げるのでしょうか?