小春日和といっても良さそうな11月初旬の昼下がり、仕込み時間前の休憩時間にもかかわらず新橋三丁目の寿司店「さわ田」では、息子の隆彦、職人の信一がカウンター席で、ノートを見ながら難しい顔をしている。
「うーん 確かにヘルシーなメニューですが、これを親方が何て言うかですね・・・」
腕組みをする信一に、隆彦も応える。
「そうなんですよね。うちはカフェ屋じゃない! なーんて言われたら元も子もない訳で・・・」
二人が見ていたノートには、先日隆彦が小田しおりと二人でまとめた、女性限定メニューの品書きがあった。
1、海藻とこんにゃくのサラダ
2、季節の汁もの
3、寿司 手まり寿しと巻物
4、デザート
「確かに 握りは女性の口には少し大きいかな と思う時はありますが・・・手まり寿しというのはちょっと抵抗ありますね」
「少しずつ色々食べたい、というのが小田さんの希望だったんですよねぇ」
「隆彦さんが言う、そのペルソナマーケティングってのに従うとすると、そうしなきゃいけないんですかね。」
隆彦としては、夢のように楽しかった小田かおりとの打合わせで完成したメニューはなんとしても実現したい。
しかし、信一でさえ抵抗のあるメニューを親方が認めてくれるかどうかについては全く自信がなかったのである。
思案投げ首の二人だが、そこに親方が戻ってきた。
「おう お二人さん 何難しい顔してやんでぃ 競馬の予想かなんかか?」
「実は…こないだ高校の先輩の女性に会って…」
おそるおそると隆彦が、品書きを見せながら説明すると、親方の反応は思ってもみないものだった。
「ほー 手まり寿しとはこりゃ恐れ入ったね。素人さんは、とんでもないアイディアを出してくれるもんだ。
でもまぁ 最近のご婦人方は、ケーキや和菓子なんかも小さいものを好むからね。おもしれえとは思うよ。
ただ…」
「ただ??」
と様子をうかがう隆彦に、苦笑しながら親方は続けた。
「おめえらもプロなら、もう一仕事しろってことだよ。その先輩お嬢さんは、小さい寿司って意味で手まり寿しを言ってるんだろ?
こちとら、寿司屋だ、創作料理の店じゃないんだから素人臭い手まり寿しなんかこさえだしたら本筋のお客にがっかりされらぁ。
例えばよ、シャリ玉もネタも形はそのままに半分の大きさに握って出しゃどうでい。なんか洒落た名前を付けてさ。」
「にぎり寿司ハーフ!」
隆彦は女性に人気の某マヨネーズの商品名を思いっきりインスパイアした。
「おう いいねぇ。それで行こうや。信一!おめえ少し練習すりゃハーフで握れんだろ?」
「はあ そりゃそんなに難しい事じゃないですが、はかが行かなくなる(効率が悪くなるの意)かなと…」
「だーからさ そこは限定にしちゃうんだよ。
それから、このデザートだけどよ、俺にいい考えがある。
この新橋界隈の甘いもの屋数件に掛け合って、目玉商品を現定数分だけ仕入れさせてもらおうや。それをきちんと店の名前を言って出す。
そうすりゃきっといい宣伝になると思うぜ。」
心配を上回るノリの良さを見せる親方に怪訝な表情の隆彦、信一。
久しぶりに隆彦から聞く女性の話に、親方の心が浮き立っている事など知る由もない二人であった。