8月のある火曜日の昼下がり、「すし処さわ田」には定休日にもかかわらず、アルバイトの麗華を除く店のメンバーたちが集まっていた。
跡取り息子の隆彦に呼び出されたのである。
期待と不安が混じり合ったメンバーたちに向かい
「みなさん、今日はせっかくの休みなのにすみません」
と隆彦は切り出した。
「先週、俺が初めてプロセスマネジメント大学を受講してきたのはみんなも知ってると思うけど、今日はその話です。」
「おう」と親方である父和彦は腕を組んだままうなずく。
「第1回目は、友人の作田君の補講という形だったけど、2回目からは正式に、教室での講義を受けてきました。そして思ったのは、この考え方はおそらく正しい、という事と、分かっただけではダメでその通りやって成果を出さなければならない、ということです。」
「そりゃぁ 成果が出なければダメね。でもそんなに簡単にできる事なの?」 心配そうに母春江が疑問の声を上げる。
「もちろんお店全体をすぐ良くする事は簡単じゃないと思うんだ。
まずここは一回、キャンペーンをやってそれで成果を出してみたいんだけどどうでしょう?」
「きゃんぺーん だぁ?? 寿司屋にキャンペーンもへったくれもねえだろぉよ!!」
親方が苦りきった声で、そう答えた。
「確かにこっちから言った事はないけど、お客さんの方でやれ『忘年会』だ、『新年会』だ、『送別会』だってやってくれるでしょ?今回はそれをこっちから仕掛けてみようってわけ。」隆彦も必死に応じる。
「おまえ、もう8月だぞ、いまさら納涼会じゃぁ遅すぎるだろ。」
「そこだよ 元々暑い盛りはネタの夏枯れもあってお客もあんまり来ないでしょ。だから夏の終わりに向けて『残暑納涼会』プランを今から仕掛けるわけ。」
「そうよ ほら、9月に入れば親方の好きな『しんこ(コハダの小振りなもの)』も入ってくるじゃない。」と春江が少々的外れな援護射撃にまわる。
「ねえ 『残暑納涼会』プランで9月の売上をちょうど100万円増やす事に挑戦してみない?」
「100万って おまえ、そんなに簡単に行ったら世話ないよ。」
とあきれ顔の親方。
「100万というゴールから逆算して、今するべき行動をとれば決して難しくないよ。実は今から100万達成へのプロセスは途中まで設計してみたんだ。ここにゴールから逆算・分解したプロセスがあるんだ。」
そう言って隆彦は「セールス標準プロセス&マネージメントポイントワークシート」を出した。
これまで、ずっと黙って聞いていた板前の信一の目が光った。
工業高等学校卒業の信一は、「設計」という言葉に強く心惹かれたのである。